• かもね代表

木太町散策② 小村田之助処刑場


続いてこちら。

水谷内科医院さんと生活道路挟んで少し南。

ちなみにこの道路は「オガタ電器の前の道」と僕ら某配達業者では呼んでいる。

長尾街道から協同病院こえたて春日川堤防添いまで貫いた道で半分ほどにの位置にオガタ電器店があるからこう呼んだ方が分かりやすいとのことだ。案外と道や土地の名前なんてこうやって付けられた歴史なんだろうね。

さて、肝心の史跡だけど。

ちゃんと道標が作られている。庵治石だよ。高級だよ。造られたのは県に予算がたくさんあった頃だろうな。おかりなさん、僕にもよこせよ。

「そんな権限ありませんよ」

とツッコミが聞こえてきそう。

で、

『小村田之助処刑場所』


とあるよ。

『おもれ たのすけ』と読むそうで。

川島町のフジグランの近辺に小村(おもれ)町という地名が残ってますがその小村とのこと。

そこの庄屋さんの田之助さん(21歳)が讃岐が大干ばつに見舞われた際に「今年は日照りで皆の米が不作だから年貢を分割にしてくださいな」と藩に訴え出たところ。

藩「もっともである。こんな日照りでは百姓も年貢に困るであろうし訴えを認める」

農民「やったー!!」

藩「で、小村田之介は死刑ね」

農民「」

まあ、これが封建社会なんだね~

つまり正しいこと言ったとしてもオカミ(藩)に反発した罪は罪なので処刑だよってこと。

職場で正論ぶっこいて上司に睨まれる私などはこの時代なら即殺されてたな・・・


それにしても田之助さん若い。

逆にこれけだけ若いからこその行動だったんでしょう。

歳をとると守りに入って正論なんて胸の奥にとどめて腐らせちゃう

いや。私は歳をとってもいらんこと言って嫌われちゃうんだけど


で、こちらが彼を祀った白旗神社。

ほら~。既に住宅街の中で埋もれちっゃてるじゃんか

先程の処刑から北西に100mほど。

伝承によると処刑を知った高松藩主の松平頼重(水戸黄門の兄)が処刑を中止するようにと伝令を出した。伝令は処刑前に間に合うようにと頑張って馬は知らせたけど間に合わないと見てここで処刑人に見えるように白旗を振り回した。

それを見た処刑人。

「早く処刑せよ!」

との合図かと思って急いで田之助の首を斬り落とした。

もう~。処刑人さんったらウッカリやさんなんだから~♬

て、そんなことあるかいっ!!!

白旗見て「早くやれ!」と捉えるなんてどんな勘違いやねん!と思うけどあくまで伝承。

ただ、この神社のある場所がその白旗を振った場所だとされて後の世に渡って今でもこうやって祀られている。


ちなみにライブとか行くとなんか皆がタオルとか振り回してるけどまさか「かもね(私)を殺れ」という合図じゃなかろうな・・・と妄想してしまう事は内緒だ